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2018年05月18日 5月17日第11回目の期日へのお礼。当方『準備書面』と、その『骨子』、及び次回裁判期日のお知らせ。

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  • 前回の3月8日に引き続き傍聴券獲得に協力させていただきました。今回も自分の抽選券が当たっていたので、傍聴させていただきました。当方はまだ2回目ですが、原告側は前回と同じことを繰り返しているだけのような印象を持ちました。下にあります「準備書面」を拝読し、まるで「言いがかり」のような裁判に対しても、こちら側の弁護士の先生方が真摯かつ丁寧に主張を展開されているのを拝見し、頭が下がる思いです。この裁判は絶対に負けることがあってはならない、こんな現代の魔女狩りのようなことを断じて許してはならないと、改めて意を強くしました。微力ながら自身のツイッターやブログでも拡散させていただいております。次回の傍聴券獲得にも協力させていただくつもりです。(西宮市:TK)
  • 平成30年 5月 17日 裁判傍聴記

    本日(5/17)の法廷は、事前進行協議が長引き約10分遅れで午前11時9分に開廷されました。前回までと同様、多くの「資料」を社員全員に配付したことに苦痛を感じ、職場環境への配慮義務違反でもあったとの原告側からの指摘が繰り返されました。
     眼前の事象や五感で感じることのできるすべてを、快適と感じるか苦痛と受け止めるかは確かに個人差があると思います。ですがその個人差は、その人の生涯と周辺にいる家族をはじめとした人々の人生を方向付けるものでもあるのではないか?と考えます。
     
    平成19年12月29日の早朝、私は鹿児島県の知覧に居ました。「特攻の母」と呼ばれた故・鳥濱トメさんの冨屋旅館(元の冨屋食堂)から、特攻平和会館まで歩きながら1036基の石灯篭に語り掛けることが目的でした。
     南国と申しましても12月の午前6時は漆黒の闇で、石灯篭の立ち並ぶ知覧本通り(県道23号線)を時折通る車のヘッドライトだけが頼りでした。
     この知覧も、今井会長(当時は社長)から教えて頂いたものでした。
    誰にとっても同じでしょうが、辛く悲しくそして重い内容でしたが、物見遊山にはなりたくないとの思いもあり、鳥濱トメさんや特攻に関する書を手当たり次第に読んで、教えて頂いてから一年以上経過してからの単独行でした。
     私は昭和25年の生まれですので戦争を経験しておりませんし、記憶すらまったくありませんでしたので、予習だけで一年以上も掛かってしまいました。
     特攻のことなら子供たちにも話して聴かせることができるとの自負さえ感じておりましたが、1036基の石灯篭と出直して足を踏み入れた特攻平和会館に圧倒され、泣き虫の私には「苦行」とも言うべき辛い時間となりました。
     知覧の情報や資料も、当然ですが全社員に平等に配付・告知してくださいました。この件に関しましても、直属の上司や部門長にしか報連相を行ったことはなく、他の方々がどのように受け止め感じておられたのかは、毎月配付してくださる感想文集(選抜された経営理念感想文)で知るのみでした。
     何しろ、『脳ミソから血を流す』ほど業務に集中しなくては、お客様に不利益をもたらす可能性があると教えられていた職場ですから、仕事に直接関係しない雑談などする暇もありませんし、すれば相手に軽蔑されるだけでした。
     今でも、年に一度程度は酒席を共にさせて頂ける中学時代の恩師・K先生に『人生を変えてくれる本に出合いなさい』と読書を勧めて頂いたことが切っ掛けで、浅学菲才の割には本を読むことが好きになり、今井会長から教えて頂いた「知覧」によってわがいのちと生きる意味を気づかせて頂きました。
     
    皇紀2678年の今年ですが、あの大東亜戦争の殊に末期に少しでも歴史の歯車が変わっていたとしましたら、私は生まれてこなかったかも知れません。
     知覧はじめ、沖縄ひいては日本本土を護るために飛び立って逝かれた方々や硫黄島での「…矢弾尽き果て…」るまでの奮闘がなく、昭和天皇がご自身のお命や皇室の財産目録と引き換えに『国民のための食糧』をマッカーサーにご要請されなかったら、歴史は確実に違うものになっていたと確信しています。
     その昭和天皇陛下が果たされることのできなかった沖縄行も、看護学徒隊慰霊碑(本島6ヵ所すべて)での「故郷」(ハーモニカで吹奏)や海軍壕・大田中将執務室前での「海ゆかば」(独唱)奉納等を行うことができました。
     「思はざる 病となりぬ 沖縄を たづねて果さむ つとめありしを」
    は陛下の沖縄への思いの溢れた一首ですが、武蔵野御陵でお誓い申し上げたお約束を実行できたことで安堵したことが、今も鮮明に甦ります。
     そして親族の祀られていない靖国神社、昇殿参拝する時の申込書のご英霊を書き込む欄には、「2,133,778柱英霊」と書いて大東亜戦争の英霊の方々に私のいのちの感謝をお伝え申し上げるようにしております。
     以上、一例としまして私が感じ・そうせずには居れないことを申し上げて参りましたが、自慢する訳でもお勧めする訳でもなく、今井会長に教えて頂くことがなければ、言葉を換えますなら会長に出会うことがなければ、私はムダにいのちを浪費し、寿命を終えた時、先祖も含めた先人にお会いすることもできず、「何しに来た?」と足蹴にされたことだろうと考えています。
     先人への感謝は、己のいのちへの感謝であり礼儀だと教えて頂きました。

     今回も、「配付資料が社員の人格と自由を無視している」や、さらに「職場環境配慮義務違反」だとの指摘が原告側よりありましたが、給料をもらいながら人間力(知識のみならず、人が備えておくべきすべての力)を高めてくれる会社なんて、フジ住宅以外にどれほどそしてどこにあるのでしょうか?

2018年05月18日 準備書面7要旨(5月17日の法廷で当方弁護士が朗読)弊社を弁護

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2018年05月18日 準備書面6要旨(5月17日の法廷で当方弁護士が朗読)弊社会長 今井光郎を弁護

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2018年05月18日 準備書面7 弊社を弁護

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2018年05月18日 準備書面6 弊社会長 今井光郎を弁護

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2018年03月13日 3月8日期日へのお礼と、次回裁判期日のお知らせ

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  • SNSでフジ住宅裁判を知り、3月8日10回目の大阪地裁堺支部・裁判傍聴しました。
    原告側の弁護団は10名程いました、被告側弁護士は3名でした。
    原告は一人なのに10名程の弁護団が着席し余りにも不自然でした、そして肝心の答弁が酷いものでした。 裁判官もこの不自然を見抜いたと思いました。

    被告側弁護士は、真実・正義を基にして理論整然として力強く、そして立ち居振る舞いも堂々と立派でした。
    次回5月17日(木)の裁判も必ず傍聴に行きます。
    (堺市:M N)
  • この裁判を応援する方のブログを拝読して、この裁判のことを知り、あまりの理不尽に怒りがこみ上げて来て、居ても立ってもいられなくなり、初めてこの3月8日、傍聴券の獲得に協力させていただきました。
    必要数は十分あるからと、自分の当選券で、そのまま傍聴させていただくこともできました。
    相手方の不遜な態度がとても印象的でした。裁判の法的な進められ方はまだよくわかっていませんが、いずれにしてもこんな素晴らしい会社にこんな不当な「言いがかり」をつけて裁判に訴えるなど、とても許されないと思いました。次回5月17日もぜひ協力させていただきたいと思います。(西宮市:TK)
  • 平成30年 3月 8日 裁判傍聴記

    本日(3/8)、原告側弁護士の弁論が冒頭にあり、前回までと同様にメモを取りながらOBとして傍聴致しましたが、何のどの部分を論点にしようとしているのか、全く未整理に、しかもつぶやくような小さな声で話されたため、私の理解力不足かも知れませんが記録することに困るほどでした。概ね、以下のような内容でした。
    ① 「名誉」「プライバシー」「人種差別」等の文言で、被告側と議論がかみ合ってこなかった…。
    ② 社内での資料配布が労働秩序の範囲を逸脱しており、原告は苦痛を感じていた…。
    ③ 職場環境配慮義務違反があり、人種差別撤廃条約(1996年4月~)に抵触し、ヘイトスピーチにもあたる…。
    これに対し、当方側弁護士先生より『裁判官に不備を指摘され、準備書面12.13.14.15.を本日纏めて出さざるを得なくなったのはそちらの責任であり、それが(議論がかみ合わなかった)原因である。他の見解についても概ねこれまでの当方の準備書面で論証済みだが、次回反論致します。』との反論がありました。

    ようやく聞き取ることのできる法廷でのやりとり(この日は約20分ほどでした)から感じましたのは以下の点でした。

    原告弁護士は資料等の配布について、『苦痛を感じた』『乱暴に配布されていた』等と言っていましたが、「フジ住宅」においては、配付されたものを読むことは強制ではなく、「家事等の負担となる場合は読まなくてもいい。」との指導も実際に私の在職中何度もありましたし、皆さんそうされていますので、原告弁護士の指摘・陳述はまったくあたらないと思います。

    私は、在職期間中にフジ住宅と今井会長から給与以外にも、数えきれないほどの恩恵を頂きました。
    私は新聞広告に応募して入社致しましたので、もちろん特別な存在などではなく、他の同僚と同じように大切にして頂きながら「職業人」を卒業・定年退職させて頂きました。
    電車で通勤する時などは、車内で頂いた書籍や資料を読んだり、経営理念感想文の下書きをしたこともありました。今振り返りますと、フジ住宅での12年余が私の人生の中で最も充実し、人間的にも成長できたと確信しています。

    生来、読むのが苦手で文章などを書くことが嫌いという人には、その個人差によって分量が多いと感じる場合もあるのかも知れませんが、今井会長(当時は社長)から賜ったご指導や資料の配布がなかったとしましたら、果たして私は担当させて頂いたお客様方に充分にお役に立てたのか疑問です。

    企業は業種・業態によって扱う商品が異なり、それぞれに要求される専門知識や心構えは異なってくると思います。
    「フジ住宅」は主に不動産を扱う企業ですので、顧客とのお付き合いは長期となります。極論すれば、一生に一回あるかどうかのご契約からお引渡しまでのお手伝いを、営業社員のみならず、すべての社員が心をひとつにして行うことが要求される稼業の企業だと思います。
    目の前で契約書に署名される方だけでなく、お子様・お孫様はもちろん営々と築いてこられたお家の先代とも価値観を共有できるようになるには、幅広く中立な歴史観、ご先祖を敬う心も欠かせない筈です。
    だからこそ、今井会長は社員が成長しやすいようにと資料(書籍等も含めて)を無償(自身が成長するためのコストは、本来は「必要経費」だと考えます)で、遅滞なく継続して配布してくださったのだと考えております。

    更に、その心の込め方がフジ住宅は他社とはまったく異なります。
    いや正確に申し上げれば、創業者の今井会長が日本一顧客に寄り添うことのできる会社を作ろうと決意され、その決意を寝室の天井に貼られて毎日眺めながら会社を経営されてこられた結果が「今」なのであり、日本でも指折りの幸せな従業員とその家族にあふれた会社に成長したのだと思います。

    『お客様にとって何がベストなのか、どんなことをさせて頂けるのか、脳ミソから血を流すまで考えなさい。』

    決算時期や月末に、営業部門で大声の飛び交う会社は多くあるでしょうが、提案内容を脳ミソから血を流して考えよ、とはフジ住宅ならではだと思います。
    優秀な方の多いフジ住宅ですが、私のような不出来が今井会長が理想とされた社員に変身するには、一冊や二冊の書籍では及ばなかった筈です。

    私の個人的な考えや感謝の気持ちを押し付けるものではありませんが、私は給料を頂きながら育てて頂いたと感じており、そのようなチャンスと環境を素直に受け入れることのできない方が居られるのならば、不幸だなぁ、もったいないなぁと思います。
  • 本日傍聴させて頂きました。頑張って下さい。

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