平成27年(ワ)第1061号
損害賠償請求事件
原 告
被 告 フジ住宅株式会社 外1名
準備書面5
平成29年11月28日
大阪地方裁判所堺支部
第1民事部合議C係 御中
上記当事者間の頭書事件について、被告フジ住宅株式会社(以下「被告会社」という)は、次のとおり弁論の準備をする。
被告会社訴訟代理人
弁 護 士 益 田 哲 生
同 勝 井 良 光
同 中 井 崇
第1 はじめに
1 原告は、2017年10月19日付「原告第12準備書面」において、被告らが本件訴訟提起後行った資料の配布行為が、原告に対する「報復的非難・社内疎外」であり、不法行為にあたると主張する。
2 しかしながら、原告が指摘するところの資料配布行為は、「報復的非難・社内疎外」にはあたらない。
本件訴訟提起後、これを伝える報道がなされたり、原告の支援団体によって被告会社が「ヘイトハラスメント」を行っているなどという喧伝が繰り返しなされたりしたことにより、被告会社の対外的イメージが悪化し、また社員に動揺が走ってその士気が低下する現実的危険が生じた。その対処として、対外的には平成29年4月以降本件訴訟に関する被告会社の見解をホームページに発表し、対内的にはその発表された見解を被告会社社員に伝えたり、被告会社社員が本件訴訟についての意見・感想を記述した経営理念感想文等を配布したりしたものである。
3 企業にとって、対外的イメージの悪化はその業績に直結するし、社員の士気低下もまた会社に甚大な悪影響を与える。特に、後に詳しく述べるように、被告会社は個々の社員のモチベーションを高め、そのことを通じて顧客のために奉仕するという理念・実践を徹底することによって成長してきた会社であり、対外的イメージや意識の高い社員群は、被告会社の事業にとって根幹をなす財産なのである。したがって、その根幹となる財産が毀損されれば会社としての存立そのものが危機に陥るのであり、被告会社は上記のような対外的イメージの毀損や社員の士気低下を放置することはできず、その対処は必須のものだったのである。
4 被告会社が表明した見解の内容や、社内配布された経営理念感想文等に書かれた本件訴訟に関する社員の意見の中に、原告の意に沿わないところがあったとしても、訴訟の対立当事者である以上、立場や見解が異なるのはむしろ当然のことである。
原告も、その支援団体(原告自身も集会に参加し、会報に自己の主張を掲載するなど一体となって活動している)と共に会社が社員と共に長年にわたり築き上げてきた資産である会社イメージを毀損しかねない運動を大々的に展開しているのであるから、これに対する被告会社の自衛措置によって仮に不快感を持ったとしても、一定程度受忍すべきである。
5 以下、被告会社にとって最大の財産であるところの、対外的イメージおよび高い意識を持って働く社員群がどのように築かれたかを第2項、第3項において説明したうえで、第4項において被告会社が築き上げた上記財産が、原告およびその支援団体の活動によって毀損される現実的危険が生じていたことを述べ、第5項において、その対処として本件訴訟に対する被告会社の見解を対外的に発表し、対内的にも本件訴訟についての会社および社員の見解・感想を伝達したことを論ずる。
第2 被告会社の対外的イメージがいかに築かれたか
1 被告会社は、昭和48年に、不動産会社の営業社員であった被告今井が独立して立ち上げた会社である。
被告今井は、不動産会社の営業社員時代、業界全体として目先の利益ばかり追求し、住宅を販売した後のアフターサービスへの関心が低いこと(いわば「売りっぱなし」)を非常に残念に思っていた。被告今井の信念としては、住宅は家族が幸せな生活を育む場所であり、そのためには販売後のケアも含めて顧客の幸せを追求しなければならないと考えていた。このため被告今井は自らの担当顧客に販売した住宅の補修を自腹で行ったりしたこともあったが、一営業社員の力では限界があった。被告会社の設立は、その悔しさが原動力となっており、このため創業以来「お客様に幸せになっていただくこと」を事業の目的として掲げ(丙2の1 会社ホームページ「ごあいさつ」)、顧客のために有益にならない仕事はたとえ「もうけ」につながったとしても受けないという理念を前面に押し出してきた。(丙2の2~3 会社ホームページ「CSR~当社創業の精神」「事業内容」)。また、暴力団・反社会的勢力排除活動にも積極的に取り組み、近畿管区警察局長等から暴力団追放功労表彰を受けるなど(丙3 平成28年11月16日プレスリリース)、コンプライアンス重視の姿勢も徹底してきた。
2 その結果、被告会社の事業は順調に拡大し、平成17年には東京証券取引所・大阪証券取引所1部上場を果たし、現在も成長を続けている。上記理念および実践の成果として顧客のリピート率が高いのが特徴であり、土地有効活用事業におけるリピート率は40%を超えることもある。
3 以上のとおり、被告会社が成長することができたのは、その掲げた理念を追求し、実践する姿勢が顧客の信頼を勝ち得たために他ならず、その対外的イメージは被告会社の存立を支えるかけがえのない資産なのである。
第3 意識の高い社員群がいかに築かれたか
1 社員を大切にする理念
被告会社は、「社員のため、社員の家族のため、顧客・取引先のため、株主のため、地域社会のため、ひいては国家のために当社を経営する」を経営理念としている(丙2の2 会社HP「CSR~当社創業の精神」)。第1を「社員のため」としているのは、顧客に心から幸せになってもらうという目的を達するため、まずは働く社員が幸せ~悩みやストレスなく明るく元気~でいることが何より重要だと考えているからである。
すなわち、被告会社にとって、対外的信用と、社員を大切にすることとは、密接不可分の関係にあるのである。
2 具体的実践
被告会社は、単に理念として掲げるだけでなく、以下のとおり実際に社員が悩みやストレスなく明るく元気でいるための様々な具体的実践を行っている。
(1)風通しの良い社風
ア 被告会社においては、悩みやミスを一人で抱え込んでしまうことが大きなストレスにつながるとの考えのもと、「聞けばいいだけ、言えばいいだけ」の理念を、常日頃から社員に周知徹底している。
イ この「聞けばいいだけ、言えばいいだけ」という考え方は、心につかえている事を上司にありのまま伝えてアドバイスを求めれば上司は適切にアドバイスし、ミスをしてもありのまま発信すれば手厚いフォローが得られるという前提の上に成り立っている。
すなわち、「聞けばいいだけ、言えばいいだけ」を社内で機能させるためには、上司の方にも適切なアドバイスをする能力と度量の広さが求められる。
このため、被告会社においては役職者に対する教育も熱心に行い、人事評価においては上司からだけではなく、同僚・後輩・他部署から多面的に評価する「360度人事評価」を採用し、上司となるべき人材の選定、育成には非常に力を入れている。
ウ また、この「聞けばいいだけ、言えばいいだけ」の考え方を周知徹底していることをあらわす一つの象徴的施策として、社員が直接会長・社長に質問できる機会が提供されている。
すなわち、事業部ごとに時期をわけて会長・社長による質問会が実施され、パート社員も含めた全社員が、年1回会長・社長に直接質問する機会がある(丙4の1 平成27年8月25日発信 今井会長「建設事業本部『私(会長)への質問会』開催ご案内と事前質問のご提出をお願いしたい件」、丙4の2 平成27年9月3日発信 宮脇社長「住宅流通事業部 ホームバンク事業部合同『私(社長)への質問会』開催ご案内と事前質問のご提出をお願いしたい件」)。
さらに、質問表を提出した者に対して、会長・社長・専務等の経営者が直接内線で電話して回答し、雑談を交えながら1時間くらい話をする(丙5の1 平成28年12月1日付け経営理念感想文、丙5の2 平成29年4月15日付け経営理念感想文)
エ さらに、被告会社においては、パートを含めた全社員が会社に直接提案できる制度を設けている。提案は年間数千通におよび、被告今井はそのすべてに目をとおしている。
オ 以上のような風通しの良い社風により、会社勤めにありがちな悩みやストレスを感じなくて良いと述べる社員が多く存在するのである(丙6の1 平成26年9月13日付け経営理念感想文、丙6の2 平成28年3月16日付け経営理念感想文、丙6の3 平成28年9月15日付け経営理念感想文、)。
(2)社員の健康に配慮した数々の措置
被告会社においては、社員の健康に配慮した様々な措置を講じている。
ア まず、定期健康診断においては、法定内検査項目に加え、大腸ガン検査、乳ガンエコー検査、腫瘍マーカー、ピロリ菌検査等も検査費用は全額会社負担で実施している。
定期健康診断は、被告会社の事業所内で、勤務時間中に実施することにより、任意検査も含め100%の受診率を達成している。
また、健康維持の必要性に正規社員も非正規社員もないとの考え方から、健康保険組合未加入の短時間勤務者に対しても社員と同じ検査メニューの健康診断を実施している(丙2の4 会社HP「健康の保持・増進」)。
イ また、被告会社において酸素ボックス(定価1580万円)を2台購入し、平成27年5月18日より、派遣社員や出向社員も含む全社員が利用可能となっている(丙7の1 平成27年5月13日付け「酸素ボックスご利用開始の件」)。
被告会社の社員は、上記酸素ボックスを1回100円という安価で、業務時間内外問わず利用することができる(丙7の2 平成27年6月10日付け「酸素ボックス運用ルールの件」」)。このことからも、被告会社は社員の健康を何よりも優先していることがわかる。
ウ さらに、福利厚生の一環として、24時間受付体制が整っており、各分野の専門家に深夜でも電話相談できる「えらべる倶楽部」に被告会社の費用負担のもと全社員が加入しており、被告会社の社員は本人以外の2親等内の親族まで同サービスを利用することができる(丙8 平成24年10月31日付け回覧「えらべる倶楽部 無料相談サービスのご案内」)。この制度は、平成24年10月段階で、900名以上、延べ3000回以上利用しており、社員からも感謝の声が多数寄せられている(丙9の1 平成28年11月14日付け経営理念感想文、丙9の2 平成28年11月15日付け経営理念感想文、丙9の3 平成28年12月1日付け経営理念感想文)。
被告会社は、この制度のために年間400万円以上の経費を投入しており、いかに社員の身体的・精神的健康の維持に力を注いでいるかがわかる。
エ それ以外にも、被告会社は全事業所に、健康に良いとされている電解還元水の整水器を設置するなど、他の会社にはあまり見られないようなきめ細やかな配慮がなされている。
オ こうした被告会社における社員に対する健康保持の意識の高さおよび取り組みが評価され、日本政策投資銀行による健康経営格付けにおいては最高ランクを取得している(丙10の1 日本政策投資銀行ホームページ)。
また、経済産業省が日本健康会議と共同で認定を行う「健康経営優良法人2017大規模法人部門(ホワイト500)」に認定され(丙10の2 経済産業省ホームページ)、経済産業省が東京証券取引所と共同で選定を行う「健康経営銘柄2016」にも選定されるなど(丙10の3 経済産業省ホームページ)、社員の健康増進に関して非常に高い社会的評価を得ている。
(3)社員の家庭・私生活の充実を企図した措置
ア 被告会社においては、社員が悩みやストレスなく明るく元気でいるためには、社員の私生活の充実、特に家族との良好な関係を保つことが大事であるとの考えから、社員がそれぞれの家族と豊かな私生活を過ごせるための配慮を数々行っている。これは、創業者である被告今井の「家とは、家族をはぐくむ揺りかご」であり(丙11 「家族からはじまる物語」)、顧客に家族との幸せな生活を育んでもらう住宅を提供するのが業務の目的である以上、それを扱う社員自身の家庭生活が豊かで充実したものでなければならないとの信念に基づくものである。
イ 具体的には、毎年4月を「親孝行月間」と位置づけ、全社員に親孝行のための寸志として1万円を支給している。もちろん、原告に対しても毎年支給されている(丙1の4、丙1の13)。
ウ また、結婚記念日等には会社から社員の自宅に花束が贈られており、原告についてもその義父と義母の結婚記念日に毎年会社から花束が届いており、原告もそのことについて感謝の念を述べている(丙1の12、丙1の24)。
エ さらに、社員が有給休暇をきちんととれるよう年5日分を計画付与し、法定の有給休暇とは別に社員の誕生日には誕生日休暇を付与しているのも、社員の家庭生活の充実を願ってのことである。
オ 本件において原告から非難されている社内での資料配布も、その目的は社員が私生活を含めて充実した、幸せな生活を送るために有益と思われる情報を提供することであり、その内容は自己啓発や健康や子育て等多岐にわたる。書籍そのものを配布することもあり、例えば「道は開ける」(丙12)「ツキの大原則」(丙13)といった自己啓発本や、「教師・親のためのこども相談機関利用ガイド」(丙14の1~2)などの子育て関係の本なども全社員に配布している。
(4)多様性の尊重
ア これまで述べてきたことからも分かるとおり、被告会社は社員自身に幸せになってもらうという目的において正社員とパート社員とを区別することは行っておらず、パート社員に対しても正社員と同程度の手厚い福利厚生が用意されている。
勤続5年から5年ごとの節目に行われる永年勤続賞は、パート社員も対象となっており、原告も平成29年3月に勤続15年表彰を受けている。
イ また、被告会社においては、役職者に女性が多数登用されている。
ウ 被告会社内には原告の他にも外国籍の社員が多数いるが、その扱いにおいて差別されることは当然ない。そもそも、社内取締役5名のうち2名は、元在日コリアンなのであり、社内で国籍による差別など行われる土壌にないことは明らかである。
エ 以上のとおり、被告会社は他の会社に先駆けて多様性を尊重する姿勢を鮮明にし、実際そのとおりに取り組んでいるのであり、「差別」「ヘイト」とは対極にある会社なのである。
3 このように、明確な理念のもと、社員を徹底的に大事にし、その成長の手助けをすることにより、被告会社にとって最大の財産の一つである、意識の高い社員群が築かれたのである。
4 なお、本件において問題とされている歴史的認識に関する資料の配布についても、これまで述べた被告会社の理念・姿勢との関係で捉えると、その配布の趣旨が理解しやすい。
すなわち、長期視点から顧客のためになる仕事をし、顧客に幸せを与えるということを目的に動くことになるため、その担い手である社員一人一人が「自分のため」「会社のため」というような狭い視点ではなく、「世のため人のため」というような広い視野で動く必要がある。そのため、地域社会、ひいては被告会社やその社員が仕事をさせて頂いている日本という国家に対する貢献を意識すべきという発想が根底にある。
そして、社員を単なる労働者と見るのではなく、社員やその家族が私生活の充実も含めて幸せになることが、顧客のためにも会社のためにもなるという発想がベースになっているため、仕事とプライベートとでドライに線引きするのではなく、社員の幸せのためにプラスになりそうな措置を積極的に行っている。その一環として、健康や子育ての情報、歴史認識の問題に関する情報などを資料で提供しているが、もちろん読む・読まないは個人の自由であり、そのことは繰り返し社員に周知している。
なお、歴史認識については、自国の文化・歴史に対して誇りを持つことが、家族を含めた周囲の人たちへの感謝の気持ちにつながり、ひいては自分自身および周囲の人に幸せをもたらすという考え方に立っている。もちろんこの点について賛否両論があることは認識しており、会社としてその考えを社員に強制する意図はない。
第4 本件提訴の報道や原告の支援者の活動によって、被告会社の対外的イメージが悪化し、社員の士気が低下する現実的危険にさらされたこと
1 本件提訴の報道
本件における原告の主張は、当初より「ヘイトスピーチ」「ヘイトハラスメント」などという極めてネガティブなイメージを想起させる言葉を用いて、被告会社が人種・民族差別を行う会社であるかのようなレッテルを貼ることに力点が置かれていた。このため、本件提訴を伝える報道も、一般人が見れば被告会社が人種・民族差別を行い、社員に特定の思想を強要している会社であるかのような印象を持ちかねない内容であった(丙15の1~5 朝日、毎日、日経、読売、産経記事)。
2 原告側支援団体の活動
(1) また、原告側支援団体は、「ヘイトハラスメント裁判を支える会ホームペー
ジ」を立ち上げて、原告側に立った主張を縷々展開している。
(2)上記ホームページにおいては、上記団体が作成した会報もアップされているが、そこには毎回「支援者集会参加者からのメッセージ」が多数掲載され、その中には「醜悪きわまりない。今井会長一派との闘いを心から支援」「ひどい会社」「社員たちを洗脳教育しヘイト的な活動に動員する会社」「とんでもない戦争実行の教科書を強要する経営者の蛮行」などとして、原告側の主張をもとに被告会社のイメージを悪化させるような数々の表現がなされている(丙16の1 ヘイトハラスメント裁判を支える会 会報vol.2)。
(3)また、原告側支援団体は街頭でも活動を展開しており、被告会社本社近くの南海電車岸和田駅前など複数の駅前で、横断幕を掲げて街宣・署名・チラシ(丙17)配布を行っている(丙16の2 ヘイトハラスメント裁判を支える会 会報vol.7)。平成29年9月28日発行のヘイトハラスメント裁判を支える会 会報vol.8(丙16の3)においては、鶴橋駅前で街頭宣伝とチラシ配布が行われたことが報告されているが、その報告文書においては、「フジ住宅は、生野区内でも分譲地を開発して販売を行っています。社内で在日コリアンに対するヘイトスピーチを文書で配布しながら、一方で在日コリアンを顧客として利益を得ている訳です」などと、被告会社が在日コリアンを差別しているなどという事実に反することを前提にした不当な喧伝がなされている。
(4)さらに、原告側支援団体は、大手企業の社内労働組合に協力を要請し、当該労働組合本部は、各支部に対し、ノルマつきで組合員や家族から署名をとることを求めているようである。また、原告側支援団体から個人に対し、署名を求めるダイレクトメールも送付されている(丙18 「ヘイトハラスメント裁判」の公正な審議・判決を求める署名)。
(5)これら、原告側支援団体によって大々的に行われている活動においては、常に被告会社が「ヘイトハラスメント」を行ったとの喧伝がなされているのであり、被告会社が長年築き上げた対外的イメージが悪化する現実的危険が生じていた。
3 被告会社が被った具体的影響
(1) 顧客に与える影響
上記のとおり原告側支援団体を中心に被告会社が在日コリアンを差別しているかのような喧伝がなされたことにより、それまで順調に進んでいた商談が破談するというような実害が生じている(甲95の3の10)。
また、被告会社の顧客である地主から被告会社担当者に対し、「『ヘイトハラスメント』裁判の公正な審議・判決を求める署名」がダイレクトメールで届いたとの連絡もあった。こうした原告支援団体による行動が、被告会社の顧客を動揺させるものであることは言うまでもない。
(2) 採用活動への悪影響
本件裁判のことが理由で内定辞退者が出るなど、被告会社の採用活動にも影響が出ている(甲94の4の2)。
被告会社に入社した社員が書いた経営理念感想文において、「ネットで調べていると裁判の話が上がっていて、正直に申し上げますと少し不安を持ってしまっていました」との記述があることからすると(甲96の4の25)、顕在化はしていないところでも採用活動には相当の悪影響が出ているものと推測される。
(3) 社員の動揺
本件訴訟が提起されたことを伝える報道は、被告会社社員に大きな不安・動揺を与えていた。このことは、例えば被告会社社員が書いた経営理念感想文における下記のような記述からもうかがえる。
記
「知らない方が見れば活字になっている以上、内容が虚偽であろうが、誤解であろうが、その内容だけが一人歩きしてしまっております。」(甲35の1・215頁)
「ネットのほとんどが悪く書いてるのが気に食わないです。」(甲35の1・227頁)
「社内に少なからず動揺の色が漂ったことが残念です」(甲35の1・343頁)
「フジ住宅に何かあったらどうしようという不安も感じ」(甲35の1・405頁)
また、被告会社の社員がマスメディアから取材を受け、被告会社を一方的に悪者と決めつけるような質問を受けたりもしていた(丙19 平成29年5月15日付け経営理念感想文)。こうしたことが、被告会社社員を大きく動揺させ、不安を感じさせていたことは容易に推認できる。
(4)以上のとおり、本件訴訟提起を伝える報道や原告側支援団体の活動により、被告会社の対外的イメージが悪化し、社員の士気が低下する危険が現実的に発生していたのである。
第5 対外的イメージ悪化、士気低下への対処として被告会社がとった措置
1 対外的メッセージ発信
被告会社としては、原告が裁判を行う一方で被告会社社員として勤務を続けていることを斟酌して、本件訴訟についての被告会社の見解を対外的に発信することは控えてきた。しかしながら、原告側支援団体の活動はますますエスカレートしていき、被告会社としても世間から「何も反論できることがないから黙っているのではないか」と受け止められかねないため(実際、被告会社に入社した者も、入社前に「やましい事があるからコメントできないんじゃないのか?」と感じたと述べている。甲96の4の25)、このまま何の反論もせずに放置することはできない状況となった。
そこで、被告会社は本件訴訟についての見解を対外的に発信することとし、被告会社ホームページにおいて平成29年4月から順次、「訴訟に関する弊社の考えと原告支援団体の主張に対する反論」「訴訟に関する基本的考え方」「平成29年6月29日の口頭弁論を経て、皆様に知っておいていただきたいこと」と題する文章を掲載したものである(丙2の5 被告会社ホームページ「訴訟・裁判に関する当社の主張」)。
2 社員に対する伝達
(1) 社内での説明
上記のとおり、被告会社は、本件訴訟が提起されたことで社員に不安と動揺が広がる中、原告の立場を慮り、本件訴訟に関する見解を正式に発表することは控えていた。
そのような中、土地活用事業部の営業会議において担当役員から、被告会社は人種差別・民族差別を行った事実はないという説明を行ったことはあったが、それ自体何ら非難されるようなことではないことは当然である。ところが、原告はこの説明について「被告会社の一方的な意見」と断じた上で、上記説明を聞いて安心したとの被告社員の感想が書かれた経営理念感想文を社内配布したことについて「組織的な意思統一を図り、原告を社内疎外している」などとしてこれが不法行為にあたると主張するのであるが(原告第12準備書面別表1の1・「35」「42」「48」)、およそ理解しがたい。
また、本件訴訟についての被告会社の見解を公表後、その内容を社内に伝達することも何ら非難されるようなことではなく(民事訴訟は公開されている)、なぜこれが不法行為にあたるというのか、およそ理解しがたい。
(2)経営理念感想文等の配布
ア 被告会社社員から提出される経営理念感想文等のうち、他の社員の参考になったり、有益であったりと被告会社が判断したものについて、全社員宛に配布するということは、従前から行われていたことである。
そのような中、特に本件訴訟が提起された直後と、被告会社が対外的に本件訴訟についての見解を発した直後は、社員にとって大きな関心事であったこともあり、本件訴訟についての感想・意見が書かれた経営理念感想文等が数多く提出された。被告会社としては、このように数多く提出されている本件訴訟に関する記載をあえて全社員配布の対象から外すことも不適当であるし、本件訴訟提起の報道および原告側支援者の活動によって社員に不安と動揺が広がる中、他の社員が本件訴訟について考えていることを伝えることは社員を元気づけるものであるし、被告会社にとっても社員に誇りをもって仕事をしてもらい、士気の低下を抑えるという観点から有益であると考え、その一部を全社員配布の対象としたものである。
本件訴訟についての意見や感想が書かれた経営理念感想文等を全社員宛に配布したのは以上のような経緯であり、被告に対する「報復的非難」や「社内疎外」を意図したものではない。
被告会社は、本件訴訟が提起された後も、従前と何ら変わらず原告を処遇している(もちろん、誕生日の花束や親孝行月間の寸志付与も変わらず行われている)。それどころか、本件訴訟提起後も被告会社に在籍している原告に配慮し、訴訟対応を担当する部署の社員ですら裁判傍聴に行かせないようにするなどの配慮を行っているものである。
イ なお、被告会社が全社員宛に配布した経営理念感想文等の内容は、原告にとっては意に沿わない内容かもしれないが、それは自らが愛着を持っている勤務先会社が訴えられたことに対する意見・感想という性質上、やむを得ないことである。
そもそも、原告も、その支援団体と共に会社が社員と共に長年にわたり築き上げてきた資産である会社イメージを毀損しかねない運動を大々的に展開しているのであるから、これに対する自衛措置によって不快感を持つことがあっても一定程度受忍すべきである。しかるに、原告の主張によれば、訴訟の提起によって動揺もあるが皆で団結していこうとの意見や(原告第12準備書面別表1の1・「1」「30」「32」「39」「53」「63」)、被告会社の立場に理解を示す顧客に対しての感謝(同「17」)を述べれば「社内疎外」、訴訟における原告の主張と異なる事実・主張を述べたり(同「14」「23」「55」「57」「59」「71」)、自らが勤務している会社が訴訟を起こされたことについて残念、腹立たしい、悲しい等の感想(同「8」「29」「33」「60」)を述べたりすれば「報復的非難」として許されず、その意見・感想が書かれた文書を配布すれば不法行為にあたるとのことであり、およそ理解しがたい。
なお、原告第12準備書面の別表においては、被告会社への批判記事に対して殴り倒してやりたい気持ちですと書かれているのに、「原告に対する報復的非難であり、加害行為の示唆まで行うもの」とまとめられ(同「11」)、報道内容について腹立たしいと書かれているのに、「原告に対して『腹立たしい』と報復的に非難し」とまとめられる(同「38」)など、そもそも経営理念感想文等における記述の趣旨そのものを捉え間違っているものが随所に見られる。
第6 結論
以上のとおり、対外的イメージおよび高い意識を持って働く社員群という被告会社にとって最大の財産が、原告およびその支援団体の活動によって毀損される現実的危険が生じており、その対処として本件訴訟に対する被告会社の見解を対外的に発表し、対内的にも本件訴訟についての会社および社員達の見解・感想を伝達したものである。
したがって、被告らが本件訴訟提起後行った資料の配布行為はその目的においても正当であり、その手段・態様としても少なくとも違法性を帯びるようなものではなく、不法行為は成立しない。
以 上
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