さらなる飛躍を求めて

平成9年 ある機関からのインタビューに答えて

「住宅」の購入は、一生でそう何度とない大きな買い物です。購入の際には、立地や間取りはもちろんのこと、建築会社や販売会社の実績、信用も大きな選択基準となります。特に消費マインドが冷え込み、購入に慎重な人が増加している今の時代においては、なおさらであると思われます。
そのようななか、フジ住宅株式会社の今井社長は、大阪南部のトップデベロッパーとして、社員やお客様、そして地域社会を大切にする経営で大きな躍進をとげられています。
今回は今井社長に、その躍進の原動力となっている優れた人材の育て方や経営理念などについてお話を伺いました。

フジ住宅株式会社

本社

岸和田市土生町1丁目4番23号

事業内容

分譲住宅、マンションの販売、管理、建築、土木工事の設計、監理、請負

昭和48年

フジ住宅を個人創業

昭和49年

フジ住宅株式会社を設立

昭和61年

分譲マンション事業を開始

昭和63年

事業用マンション事業を開始

平成 2年

大阪証券取引所市場第二部上場

平成 3年

資産活用事業を開始

平成 6年

定期借地権付住宅事業を開始

平成 8年

中古住宅再生事業「快造くん」を開始

平成11年

大阪支社開設

平成12年

資産活用事業部と定借事業部を統括し、土地有効活用事業部を設置

平成15年

東京証券取引所市場第二部に上場

平成17年

東京証券取引所・大阪証券取引所の市場第一部に昇格

社員やその家族の幸せを願って

社長様はお勤めされていた頃、すいぶんご苦労されたとお聞きしています。初めにその当時のようすについてお聞かせいただけますか。

今井
私が不動産関係の会社に就職したばかりの頃です。ちょうど就職して2週間目に、一番上の兄が急性結核にかかってしまいました。当時は医療保険制度も今ほど整備されておりませんでしたし、結核を治すには栄養価の高い食べ物を食べさせなければならないということで、入院費用をはじめ、かなりの費用が必要となってきました。その頃、私は結婚したばかりで、家内も働いていましたから、私たち夫婦の生活については問題ありませんでした。しかし私は6人兄弟の4番目で、特に一番下にまだ高校2年生の妹がおり、どうしても高校を卒業させなければなりません。このような家族全体の負担が大きく私にかかってきたのです。
当時私の勤めていた不動産会社は、入社3か月目くらいまでは固定給で、4か月目からは固定給がゼロになり、すべて歩合給になりました。私はまだ固定給の段階にしかありませんでしたが、それだけでは入院費や学費などを工面することができません。そこで、入社して20日もたっていなかったと思いますが、営業会議の席上で「家庭の事情でどうしてもお金がいるから、営業の第一線に出してもらいたい」と申し出ました。私は元来内気な性格でしたので友人にも「今井は営業には向いていないよ」と言われていましたし、自分でも「そうだろうな」と思っていました。しかし、あれこれ思い悩んでいる余裕などなかったのです。成績を上げなければ、収入がなくなるわけですから、やらざるを得なかったのです。それはもう本当に一生懸命働きました。たまたま会社の近くに住んでいたので、夕方いったん家に帰って食事をし、また営業に出るなど、夜中の12時、1時まで働き、ほとんど休日も取ることのない毎日が続きました。そして、そのように努力した結果、幸いにして営業に出た月から、多くの営業社員中でトップの成績を収めることができ、収入もかなりいただけるようになったのです。しかし、収入のほとんどが兄の入院費用などに消えてしまい、生活はなかなか楽になりません。家内は私に内緒で質屋通いをしていたようです。兄の病気も治り落ち着いた頃に、結婚の時持参していた和服をほとんど質で流してしまったことを笑顔で私に話していましたが、家内にも心から感謝すると同時に、これからも、家族を幸せにしてあげなければいけないと強く感じました。
このような経験から、私は事業を営む上で、社員とその家族の幸せをまず第一に願うようになりました。当社の経営理念のなかで「当社を経営するのは」一番目に「社員のため」2番目に「社員の家族のため」としたのはこのような理由によるものです。会社の繁栄は社員や社員の家族の幸せがあってのことなのだと思います。

お客様への責任感から

トップセールスマンから、独立を決められたきっかけは何ですか。

今井
住宅会社のセールスマンの仕事のひとつに、「雨漏れがする」とか「床がきしむ」などのクレームへの対応がありました。ところが当時いくらお願いしても、会社はそれらをなかなか直してくれないのです。お客さんは、私なり会社なりを信頼してご契約いただいているのですから、私は販売した者の責任を最後まで果たしたいと考えていました。ですから、会社が直してくれなければ、自分の給料のなかからお金をだして直したりもしていました。しかし、1万円、2万円くらいの金額であればそれも可能ですが、10万円を超えてきますとなかなか簡単にできるものではありません。私は責任感が人一倍強かったので、そのことが悔しくて仕方がありませんでした。そこで、自分で会社を興して販売すれば、お客さんへの責任も果たせると考え、昭和48年1月に独立したのです。

その後、平成2年に大阪証券取引所第二部に上場を果たされますが、上場を目指された主な理由はなんですか。

今井
一言でいえば、社員やその家族の方に、より夢を持ってもらいたかったからです。上場すれば、社員に今まで以上にやる気を持ってもらえるのではないか、また、ご家族の方も会社により誇りを持ってもらえるのではないか、単純にそのように考えたからなのです。 もちろん上場することで、その他にもたくさんのメリットがありました。優秀な人に来てもらえるようになりましたし、知名度も上がりました。信用もつき、資金の調達もしやすくなりました。しかし、やはり一番のメリットは社員の皆さんに喜んでもらえたということなのです。

プラス思考で

やはり、上場されるまでにはたくさんの苦労があったのでしょうね。

今井
会社経営を始めて、当初2~3年の間は、人の面において苦労はいたしました。しかし、私は元来プラス思考ですし、「人事を尽くして天命を待つ」ということを信条としており「自分が一生懸命考えて、そして一生懸命努力したならば、結果は神のみぞ知る」という考えに基づいて行動してきましたから、悩みも、後悔も、苦労もほとんど感じることはなかったのです。
私は「悩む」ということと「考える」ということはまったく別の次元の問題であると思っています。「考える」ということは「どうしたら解決できるのか」という前向きな行為です。しかし「悩む」ことは後ろ向きなことです。悩んでいても、プラスになることは何ひとつありません。「悩む」ことはマイナス思考、「考える」ことはプラス思考なのです。
ですから、私としては上場まで、割合順調にやってこられたと思っています。昭和61年には分譲マンション事業を、63年には事業用マンション事業を開始し、現在では、定期借地権付一戸建やマンションの建設、また、地主さん向けの賃貸マンション建設などの資産活用事業も行っています。特に賃貸マンションの建設は、当社で企画から建設後の建物管理、入居者管理などもすべて行い、賃貸管理戸数は10月末で約9千戸強になっています。

社員を大切に育てるために

貴社は社員教育にもたいへん力を入れておられるとお聞きしていますが、具体的にはどのようなことを行っておられるのですか。

今井
当社は新卒より中途採用の方が多いのですが、3日間人事で研修を行った後、新入社員に5冊の本を渡し、その感想文を3か月以内に私と上司に提出させる課題を与えています。本はおもに私が選んでいますが、D.カーネギーの「道はひらける」や「新入社員常識集」など、新入社員に良いと思う本を課題に選んでいます。また、新入社員だけでなく、主任や課長に昇格したときも、それぞれの資格に応じて本を選び、感想文を提出してもらっています。
それと「提案書」の制度も、重要な社員教育のひとつとなっています。この制度は以前からも行っていましたが、平成8年8月から特に積極的に取り組んでいます。これは、どうすれば仕事を効率的に進めることができるか、コスト削減になるかなどを、全社員から提案してもらう制度で、提案は上司に出すだけでなく、課長や部長、役員、社長へと同時に出すシステムになっています。ですから直属の上司の段階でボツになることがないのです。1年間で900通ほど提案がありますが、良い提案で、オープンにしても差し障りがないと思われるものは、パートさんを含めて全員に回覧するようにしています。そうすれば提案したご本人も嬉しいでしょうし、それを読んだ社員やパートさんも自己啓発や勉強にもなるからです。そういう意味では提案制度は、実践的な社員教育になっていると思います。
それから表彰制度も取り入れています。これは年4回、種類としては業績優秀賞、グループ賞、提案賞、コスト削減賞、努力賞、特別賞などがあり、それぞれの努力した内容に応じて報奨する制度となっています。

貴社は人事査定についても独特のシステムをとっておられるそうですが、どのようなシステムですか。

今井
通常、人事査定は、上司が部下を査定して昇給なりボーナスなりを決定します。当社も基本的には同じなのですが、そのような方法の他に、下位の役職者が上位の役職者について行う査定と他の部門の人が自分の部門以外の人について行う査定とが加わります。いわば上下左右で査定を行っているわけです。ですから、非常に公平な人事査定ができていると思います。
銀行さんを例に取りますと、通常の支店長さんが部下に行う査定だけでなく、逆に次長さんなども支店長さんを査定するのです。もちろん支店長さんには、次長さんが支店長さんをどう評価したかは、わからないようにしています。もしそれがわかると、職場がぎくしゃくしてしまうことがあるからです。
また、査定会議をするときも、例えば一般社員の査定をするときであれば、主任以上を全員参加させます。係長の時であれば、課長以上が全員参加し、課長の時は副部長以上全員というように、多くの人が査定会議に出席することになっております。そしてその査定会議で3段階の評価を決め、最終的には、私がすべてチェックするようにしています。ですから当社の人事査定は、社員に納得してもらいやすいものとなっていると思います。

人事育成にしても公平な人事査定にしても、社長様が社員の皆さんを大切にしていらっしゃることの表れなのでしょうね。

今井
企業にとって一番大事なものは「人」なのではないでしょうか。「企業は人なり」と言いますが、やはり社員が成長していかないことには企業の成長、発展はありえないと思っています。また、一般的には企業の成長に合わせて人材を採用、配置していく企業が多いようですが、私は、決して背伸びすることなく、人の成長に企業を合わせることにより、ともに発展していきたいと考えています。
ありがたいことに当社は幹部を始め、社員全員が本当に良くやってくれています。仕事をこなしていく能力はもちろん、熱意、人間性に優れた社員が多いのです。手前味噌になりますが、同業他社や一般の会社に比べ、仕事にやりがい、生きがいを感じている社員も多いのではないかと思います。またこれが、当社の強みのひとつでもあると考えています。

尊敬する「師」から学ぶ

社長様が、事業を進められる上で、特に参考にされていることは何ですか。

今井
私は「師」を持つことが大切だと考えています。私自身「師」と尊敬しているのは、松下幸之助さんとD.カーネギーさんです。お二人のお書きになられた本は、ほとんど読ませていただきました。松下幸之助さんと私とでは性格、年齢、業種、会社の規模、社員数も違います。しかし、松下幸之助さんの考え方なり理論なりは、事業を進める上で本当に参考になります。私は何らかの難しい経営判断が必要なとき、松下幸之助さんであればどう判断されるだろうかと、いつも考えるようにしています。最初の頃は、結論を出すのにずいぶん時間がかかりましたが、今では松下幸之助さんの考え方が十分理解できているつもりですので、それほど苦労せずに結論が出せるようになりました。
事業上の師は松下幸之助さんですが、生き方や考え方、人の使い方等についてはD.カーネギーさんを師としています。新入社員の感想文の課題にも取り上げている著書「道は開ける」はもう何十回となく読んでいます。常に私の会社の事情と対比しながら、カーネギーさんならどう判断されるだろうかということに重点をおいて読んでいますので、内容についてはほとんど頭の中に入っています。
このように師を持つことはすばらしことです。一番良いのは、まだ生きていらっしゃる方、身近にいらっしゃる方を師に持つことだと思いますが、残念なことに、松下幸之助さんも、D.カーネギーさんも、もう亡くなられておられます。私はたとえ著書を通してでも相談やアドバイスを受けることができる師を持てたことに、たいへん感謝しています。

経営理念を忠実に守って

最初に少しお話いただきましたが、貴社の経営理念ついてお聞かせください。

今井
当社の経営理念は「社員のため、社員の家族のため、顧客・取引先のため、株主のため、地域社会のため、ひいては国家のために当社を経営する」としています。ただし社員にとっては「社員のため」は、省いて考えて下さいと言っていますが、要するに世の為人の為に仕事をするのだという決意を表したものです。
今でこそ、そのようなことはしていませんが、創業当初は、この経営理念を寝室の天井にはっていました。そして寝る前に「社員のため、社員の家族のため・・・」とずっと見続けるのです。人間には、顕在意識と潜在意識とがあり、潜在意識の領域のほうが大きいと何かの本で読んだことがあります。そして、毎日、毎日、潜在意識に働きかけることによって、つまり私の例では経営理念を念じることによって、潜在意識が高揚し、知らず知らずのうちにそれが身についていくというのです。そこで、私はそれを実践してみたわけです。そうすると、自分でも知らず知らずのうちに「社員のためにも頑張らねば」という気になり、仕事をする上で大きなプラスとなりました。
ですから、現在社員にも経営理念をより意識づけてもらうために、経営理念や社訓などを載せた小冊子を作り、いつも身につけてもらっています。私としては、経営理念が発言や行動に自然に表れてくることを望んでいるわけなのです。最近、幹部社員が「経営理念ではこうなっている、と言うような会話を部下同士でしているのを聞いてうれしく思った」と報告してくれていましたが、私自身もその報告を受けて、うれしく、また心強く思いました。

経営理念が、社員の皆さんにも徐々に浸透してきているのですね。

今井
はい。例えばある社員が感想文に書いていたのですが、週刊誌か何かで、経営理念や社訓の特集をしていたらしいのです。「大企業は、皆すばらしいことが書いてあったけれど、実際には、社長や役員が逮捕されたりする例がたくさんある。しかし、当社は、社長以下役員から社員に至るまで経営理念通り仕事をすすめている。そこに誇りを感じる」と、書いてくれていました。
また、当社ではカラオケボックスも経営していましたが、実はこの事業はかなりの赤字が出たのです。オーナーさんの資産活用事業の一環として、オーナーさんに毎月200~300万円近く支払う契約で、事業を行っていたのですが、建築当初を除いてずっと赤字続きでした。普通なら、このまま経営していても赤字が続くだけなので契約を取り消してしまうところです。しかし、最後まで契約を守った上、オーナーさんの次の活用の斡旋までさせていただきました。このことについて、また別の社員の感想文ですが、あくまでも経営理念どおり「顧客、取引先のため」を守る姿勢をすばらしいと思ったとも書いてくれていました。
私たちは「家」を販売することを商売にしています。家は一生に一度か二度の買い物ですので、最後までお客様に満足いただける商売をしなければならないと考えています。品質には絶対の自信を持っていますが、家のことですからクレームが絶対ないとは言い切れません。そういう場合も誠心誠意対応させていただいています。「フジ住宅さんは最後まできちんとやってくれる」と喜んでいただける企業をめざしているのです。

今後の変化や目標について

今後、住宅業界はどのように変っていくのでしょうか。

今井
統計資料などから判断しますと、今後、住宅着工戸数は下り坂になり、住宅業界はますます厳しくなっていくものと考えられます。しかし、どんな業界にも良い時もあれば、悪い時もあります。逆にこのような厳しい時代こそ、一生懸命考え、知恵を働かせることで、チャンスが生まれるのではないでしょうか。
実は社員に持たせている小冊子にも載せているのですが、一生懸命考えるにはそれなりの方法があるのです。その方法さえ身に付けば、答えは必ず見つかるはずです。あとは、それを実行、実践できるかという問題だけなのです。例えば、一戸建住宅が売れなくなったとします。その原因はいくつも考えられます。そこで、まずその原因をひとつずつ紙に書き出していきます。単に不景気だからかもしれません。営業社員の熱意不足、技術不足ということもあるでしょうし、営業責任者の戦略・戦術ミスも考えられます。物権の価格が高いことや、物件の絶対量の不足なども原因のひとつかもしれません。そして、それを書き出した後はそれぞれにいく通りの解決策があり、そのうちどれが最適なのかを考えるのです。営業社員の販売技術が不足しているのであれば、営業研修を再度行い、マスターできるまでロールプレイングを繰り返します。物件の価格に問題があれば、さらにコストダウンの余地がないかを探ってみます。そして、最適な解決策が分かれば、後は熱意を込めて実行に移すだけでよいのです。

最後に貴社の今後の目標についてお聞かせ下さい。

今井
やはり、当面の目標は大証一部上場です。そのために当社では、より利益の上がる本質をめざして努力しています。まだ、取り組んではいませんが、注文建築についても検討しています。また、定期借地権付住宅はこれからも力を入れていくつもりですし、下取り物件をリニューアルして販売する「快造くん」という、新しい高付加価値の商品も積極的に扱っていくつもりです。私はこのような厳しい時代は、悲観的に準備し、楽観的に行動することが大切だと考えています。私以下全社員が一致団結し、人事を尽くせば必ず道は開けると確信しております。

本日はお忙しいなか、お時間をいただき、ほんとうにありがとうございました。今後とも、大阪南部のトップデベロッパーとして、ますますご発展されますよう心よりお祈り申し上げます。
(敬称略)